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    2016.08.08 Monday

    ●【リオ五輪】萩野公介が日本勢金メダル1号 瀬戸も銅メダル

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      <リオ五輪:競泳>◇6日◇男子400メートル個人メドレー

       

      萩野公介(21=東洋大)が4分6秒05の日本新記録で金メダルを獲得、瀬戸大也(22=JSS毛呂山)が4分9秒71で3位だった。

       

      56年メルボルン大会男子200メートル平泳ぎの古川勝、吉村昌弘がワンツーフィニッシュして以来、60年ぶりの日本人ダブル表彰台となった。

       

      レースは最初のバタフライで瀬戸がリード、萩野が2位につけた。背泳ぎで萩野が逆転。平泳ぎで瀬戸が3位に下がった。最後の自由形で2位のケイリシュ(米)が迫ったが、萩野が逃げ切った。

       

      萩野は今季世界ランク1位、瀬戸は世界選手権2連覇で今大会に臨んだ。午前中の予選では瀬戸が4分8秒47の自己ベスト更新で2位。萩野も後半から力を抜きながら4分10秒0の好タイムを出して3位だった。

       

       

       

       

      萩野公介「報われた」苦悩の3年 金メダル獲得で“完全体”へ進化
      (スポーツナビ) 2016/8/7 17:30
      世界選手権での挫折

       

       

      「タッチした瞬間、本当に……一人じゃないということを強く思いました」。その言葉を発した瞬間、萩野公介(東洋大)の目は一瞬うるんだ。これまで歩んできた道のり、ここ数年の苦しみが胸に去来したのだろう。涙を流すことはなかったが、込み上げるうれしさをかみしめているようだった。

       

      本命視された中で勝つことは非常に難しい。ましてや五輪のようなビッグイベントではなおさらだ。世界の強豪たちが自分をマークしてくる。そのプレッシャーに押しつぶされず、本来の力を出すためには真の強さを備えていなければならない。ここ数年、萩野は勝負弱さを指摘されてきた。

       

      しかし、リオデジャネイロ五輪の競泳400メートル個人メドレー決勝で、萩野はかつてない強さを見せた。得意の背泳ぎで首位に立つと、追ってくるチェース・ケイリシュ(米国)と瀬戸大也(JSS毛呂山)を振り切り、4分6秒05の日本新記録で金メダルを獲得した。萩野が自ら持つ日本記録を更新したのは2013年4月の日本選手権以来。実に3年以上をかけて、過去の自分を超えたのだ。

       

      そしてその3年こそが、萩野にとっては苦難の道だった。4年前のロンドン五輪では高校3年生ながら、400メートル個人メドレーでマイケル・フェルプス(米国)に競り勝ち銅メダルを獲得。前述の日本選手権では史上初の5冠を達成するなど、“怪物”の名をほしいままにしていた。

       

      ケチのつき始めは、13年の世界選手権だった。2つの銀メダルを獲得しながら、本命視された400メートル個人メドレーで5位と惨敗。頂点に立ったのは幼いころからのライバルである瀬戸だった。その負け方も自由形の残り50メートルで大失速するという、予想だにしないものであった。

       

       


      勝敗を分けた最後の要因

       

      その瀬戸は、続く15年の世界選手権でも連覇を果たす。一方の萩野は、大会前の合宿中に不注意から自転車で転倒し、右ひじを骨折。大会への出場すらかなわなかった。自分が先を行っていたはずが、ライバルの方が世界の舞台で結果を残している。元来、「ネガティブな性格」だという萩野は、どんどん内にこもるようになった。チームメートにも本来の自分をさらけ出せず、孤独を感じる日々が続いた。

       

       

      そんな萩野に、指導する平井伯昌コーチはこんな問いかけをした。

       

      「お前、スタート台に立ったとき寂しくないのか?」

       

      競泳は確かに個人競技だが、スタート台に立つまでには多くの人の支えがある。水の中に入ったら一人で戦うしかないからこそ、そうした支えが勝敗を分ける最後の要因にもなり得るのだ。萩野は平井コーチの問いかけでそのことに気づき、以降は自らの弱みも見せるようになった。

       

      五輪の決勝レース前、平井コーチは「とにかく思い切り、勇気を持っていきなさい」と萩野に伝えた。すると萩野は、今まで見せたことのないような研ぎ澄まされた表情で「行ってきます」と答えたという。その表情を見て平井コーチは「大丈夫だな」と確信した。

       

      3年前の世界選手権までは若さゆえに怖いもの知らずであったが、一つの手痛い敗北から順調だったキャリアがやや停滞し始めた。リオ五輪は、まさに人生を懸けた大一番だったのだ。勝負の残り50メートルは3年前同様、接戦となったが、今回は失速しなかった。それは自分を支えてくれた周囲の人への思いが最後のパワーになったとも言える。
      五輪期間中にどこまで進化を遂げるのか

       


      「また大也と競りたい」とレース後に語った萩野(左)。瀬戸(右)とのライバル関係も激しさを増していくだろう【Getty Images】
      「きついことをたくさん言って、怒ってばかりいたのでつらかったと思うのですが、彼が報われて良かったですし、僕も報われて良かったです」

       

      レース後、平井コーチは満面の笑みでそう語った。精神面の課題もあり、なかなか突き抜けられない愛弟子を苦労しながら育てあげただけに、その喜びはひとしおだろう。そして平井コーチはこの勝利を機に、萩野のさらなる飛躍を予感してもいる。

       

      「彼は才能もあるし、すごく努力もできる選手なのですが、唯一足りなかったのがビッグタイトルだったと思うんです。でもこれで萩野公介が完全体になれると思うんですよ。ビッグタイトルを獲れば、マイナス面を考えることなく、自分のプラス面をどんどん力に変えていける。北島康介みたいになってくれると思っていたのですが、とうとう、そういう時が来たんだなという感じがします」

       

      今回のラスト50メートルで見せた強さは、五輪で2大会連続2冠に輝いた北島を彷彿(ほうふつ)とさせるものがあった。その偉大な先達以来となる金メダルを獲得した萩野には、そうした素地ができつつある。まだ21歳だけに、可能性は大きく広がっている。

       

      また瀬戸とのライバル関係も、今後はさらに激しさを増していくことだろう。今大会の結果は、お互いの存在なくしてあり得なかったことを本人たちも認識している。気は早いが、4年後の東京五輪に向けて萩野は「また大也と競りたい」と話しながらも、「他の選手も出てくるだろうし、もっと厳しい戦いになる」と気を引き締めた。

       

      もちろんリオ五輪は始まったばかりで、200メートル個人メドレーなど残り種目での金メダル獲得にも期待がかかる。真の強さを手にした萩野が、この1週間でどこまで進化を遂げるのか。結果だけではなく、その成長スピードにも注視していきたい。

       

       

       

       

       

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